四万十川の沈下橋について・訪れたのは勝間沈下橋と高瀬沈下橋

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【四万十川】

四万十川は196kmにもわたる四国最長の大河です。
四万十川の「源流点」は、
高知県高岡郡津野町の「不入山」。
四国カルスト県立自然公園の東南に位置する
標高1336mの高峰です。
源流域には、津野町の北部、梼原町などが含まれ、
四国カルストや天狗高原、
四万十源流の森などの観光ポイントがあります。

四万十川の正式名称はもともと「渡川」でした。
中村(現、四万十市中村)では
四万十川は通称として呼ばれていましたが、
「日本最後の清流・四万十川」と
テレビで紹介されたことをきっかけに
全国に知られることとなり、
地元の強い要望で、
平成6年7月25日に「四万十川」に変更されました。

【「四万十川」の語源】
以下の諸説がありますがいずれも定かではありません。

◆数多くの川(四万十の川)が合流している川。
◆アイヌ語の「シ・マムト」(非常に美しい)が変化したもの。
◆上流部の支流四万川と
中流部の支流十川、
あるいは上流部の四万川村と
中流部の十川村の連称地名。
◆四万石の材木を十回流し送るほど、
豊かな森があったという林業の盛んな川。
◆アイヌ語の「シマト」(砂礫の多い所)から来たもの。

【「渡川」の語源】
以下の2つの説があるそうです。
【1】
「大言海」や「古今集」に出る小野篁の歌によると、
「渡川」は「三途の川」を指すというそうです。
古代に土佐では人を罰する際に、
川より西の具同や中筋の方面に流刑する
「渡川限り」という罪名があり、
明治初頭まで続けられたと言われているそうです。
【2】
中村は古くから交通の要衝であって、
川は渡船によって交通が行われていたことから、
川は「渡川」と名付けられたという説です。

<岩間の絶景ポイント>
四万十川 岩間の絶景ポイント

【四万十川の沈下橋】

四万十川の沈下橋とは、
増水時に川に沈んでしまうように
設計された欄干のない橋のことです。
緑の山々に青い四万十、そして沈下橋という風景は、
もっとも四万十川らしい風景といえます。
河口からいちばん近い沈下橋は、
佐田(今成)沈下橋です。

<佐田の沈下橋>
佐田の沈下橋

他に、四万十市内だけでも、
深木、高瀬、勝間、口屋内、岩間、長生、
中半家、半家の沈下橋があり、
いずれも四万十川らしい、
川と人との関わりの感じられる風景が見られます。
沈下橋の向こう側が普通に民家であったりするので、
生活道路であるわけなのです。
なお、全国の410カ所のうち
実に60以上が四万十川流域にあります。

四万十川本流の沈下橋のうち、
一斗俵沈下橋(旧窪川町)と
里川沈下橋(旧十和村)を除いたすべてが、
昭和30年代以降に架設されていて、
それは流域の交通手段が
筏・センバ舟・高瀬舟などの水運から、
車・トラックの陸路に変わったことと大きく関係しています。
高度経済成長期を迎え
インフラ整備が急がれる中、
橋脚が低く、欄干がなく、橋長も短い沈下橋は、
建設費を低く抑えることが出来たため、
高知県内河川で多く採用されました。

沈下橋は、自然と調和した構造物として、
四万十川の魅力を形づくっている重要なもので、
生活文化遺産として原則、保存することとしています。

その後、いくつかの沈下橋は取り壊されたり
抜水橋などに取って代わられましたが、
高知県では1998年7月、
沈下橋が生活・文化・景観・親水等の観点から
重要な役割を担っていると考え、
「防災上、維持管理上支障のない沈下橋は保存を基本とし、
生活道に加え生活文化遺産として後世に引き継ぐ」とした
「四万十川沈下橋保存方針」を策定し、
四万十川の沈下橋は、
重点的に保存・維持管理の方針がとられることとなりました。
この「四万十川沈下橋保存方針」の対象となる橋は、
四万十川にある60余りの沈下橋のうち、
本流に22橋、支流に26橋の合計48橋です。

沈下橋は集落と集落をつなぐ生活道として、
憩いの場として、また夏場には子供達の遊び場として、
流域の人々の生活の一部であり、
その自然と調和した構造物は、
四万十川の景観を彩る
重要な構成要素の一つとなっているとのことです。

なお、沈下橋を渡られる際には、
自動車ではなく徒歩で渡ってください、とのことです。

<四万十川の沈下橋>
四万十川の沈下橋

屋形船が出ております!

【勝間沈下橋】
四万十川で唯一、橋脚が3本で作られた沈下橋です。
川幅が広く、流れも穏やかです。
右岸側は河原でキャンプ地にも向いています。
2003年には、
釣りバカ日誌14のロケ地となり、
釣りファンにも有名なスポットとして知られています。
また、スマホ位置ゲームの
「ドラゴンクエストウォーク」の
高知県のご当地クエストの一つです。

勝間沈下橋(対岸)

前日に大雨が降ったとの事で、
川の水量がかなり増水して濁流になっていました。
この位の量は渡れますが、
もう少し増水していたならば、
橋を渡るのは危険となります。

四万十川に流れ込む支流はまだ綺麗な色をしていました。
本来はかなり綺麗な水の色です。

勝間沈下橋に流れ込む支流

<構造>
全長約171m、普通車の通行可能。
建設年月日:昭和34年  全長:171.4m  幅員:4.4m

【所在地】
〒787-1223 高知県四万十市勝間

【交通アクセス】
高知自動車道四万十町中央ICから、
車で1時間30分程度。
お問い合わせ⇒四万十市観光協会
電話:0880-35-4171
FAX:0880-34-1144

※駐車スペース有り

【高瀬沈下橋】  
中村駅より車で25分。
バスは江川崎行で高瀬橋下車
四万十川で2番目に長い沈下橋です。
初夏のホタル見物、夏場のキャンプなど
たくさんの観光客で賑わいます。

<構造> 
建設年月日:昭和48年  全長:232.3m  幅員:3.4m
高瀬沈下橋

<本来の高瀬沈下橋>
本来の高瀬沈下橋

※駐車スペース有り

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