玉作湯神社~願い石と叶い石

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【玉作湯神社】

玉作湯神社(たまつくりゆじんじゃ、玉造湯神社)は、
島根県松江市玉湯町玉造にある神社です。
式内社で、旧社格は県社。
神紋は「二重亀甲に丸玉管玉勾玉」です。

玉作湯神社 階段

【ご祭神】
祭神は次の4柱です。

◆櫛明玉神 (櫛明玉命、くしあかるたまのみこと)
櫛明玉命は、日本神話に登場する神です。
玉造部(たまつくりべ)の祖神とされています。
「古事記」にのみ登場し、
「日本書紀」にはこの名前の神は登場しません。
けれども同神と見られる神が登場するとのことです。
別名として、
玉屋命(たまのやのみこと)、
玉祖命(たまのおやのみこと)、
天明玉命(あめのあかるたまのみこと)、
豊玉命(とよたまのみこと)などが挙げられます。
高御魂命の孫とする伝承があります。
また天背男命の子で、
天日鷲命の弟とする系図も存在するとのことです。

子には天八現津彦命の妻となった
玉之美良媛の父親である
大多麻流命(おおたまるのみこと)と、
阿岐国造の祖である
天湯津彦命がいるとされています。

◆大名持神
◆少彦名神
◆五十猛神

延長5年(927年)成立の
「延喜式」神名帳での祭神の記載は
「玉作湯神社」が1座、
「同社坐韓国伊太氐(からくにいたて)神社」が
1座の計2座です。
それぞれ「出雲国風土記」
(天平5年(733年)成立か)に見える「玉作湯社」と
「由宇社」に比定されています。



【玉造温泉街】
神名の「玉作湯神」に関しては、
「玉作神」と「湯神」の
二元的性格が指摘されているそうです。
前者の「玉作」とは、
玉類(勾玉・管玉・丸玉など)の製作を
意味しているそうです。
鎮座地の花仙山一帯は
出雲地方における玉作の中心地とされており、
弥生時代末期に始まる
玉作遺跡(国の史跡「出雲玉作跡」)が
濃密に分布するほか、
遺跡からの出土品の一部は
玉作湯神社に所蔵されており、
国の重要文化財に指定されています。
また当地一帯は「出雲国風土記」に見える
「忌部神戸」に比定されることから、
玉作湯神社は忌部氏(斎部氏)の管掌下で
玉類製造にあたった玉作部により
奉斎されたものと推測されているとのことです。
「古語拾遺」では櫛明玉命が
出雲国玉作の祖である旨が記されており、
現在の玉作湯神社では、
この櫛明玉命を祭神の1柱に祀っています。
更に「古語拾遺」の中で、
天富命が斎部諸氏を率いて
各種神宝を作らせたうち、
櫛明玉命の子孫には
「御祈玉(みほきたま)」を作らせ、
その櫛明玉命の後裔は
出雲国にあって毎年調物と併せて
玉を貢進する旨が記されているとのことです。
そして実際に、「延喜式」臨時祭では
毎年10月に出雲国意宇郡の神戸玉作氏が
玉を進上する旨が規定されているとのことです。

後者の「湯神」の性格は、
玉造温泉が神の湯として
信仰されたことに関係があるとのことです。
現在の祭神のうち大名持神(大国主神)と
少彦名神については、
「伊予国風土記」逸文に
道後温泉にまつわる伝承が記されており、
その関係で両神は湯の神として
当地に勧請されたものと推測する説があるそうです。

【歴史】
「出雲国風土記」(天平5年(733年)成立?)
では意宇郡条に「玉作湯社」と
「由宇社」の記載があります。

玉作湯神社 説明

国史では、貞観元年(859年)に
「湯坐志去日女命」の神階が
無位から正五位下に昇叙された旨と、
貞観13年(871年)に
「湯神」の神階が
従四位下に昇叙された旨が記されています。

延長5年(927年)成立の
「延喜式」神名帳では
出雲国意宇郡に「玉作湯神社」ならびに
「同社坐韓国伊太氐神社」の記載が見え、
2社が式内社に列しています。

中世に入り、
「忌部総社神宮寺根元録」によれば
建長4年(1252年)に
佐々木泰清から米5石の寄進のことが
あったとのことです。
また永禄元年(1558年)の棟札では
「湯姫大明神」とあったとのことです。

江戸時代には松江藩からの崇敬を受け、
境内に隣接して玉造御茶屋も設けられたほか、
代々の藩主による参詣や
代参のことがあったそうです。
特に享和3年(1803年)には、
7代藩主の松平治郷から
「湖南玉造薬泉神社」銘の額が奉納されています。
この頃の史料では、社名について
「湯船明神」や「湯船大明神」
などと見えるとのことです。
その後、安政4年(1857年)に
現在に見る本殿が再建されたのでした。

明治維新後、
社号を「玉作湯神社」に戻すとともに
近代社格制度では当初村社に列し、
昭和3年(1928年)3月に県社に昇格しました。

【本殿】
社殿のうち本殿は
安政4年(1857年)の再建によるもので、
大社造を変形した様式になります。

【摂末社】
金刀比羅神社
素鵞・記加羅志神社
福徳神社
澤玉神社
稲荷神社
玉宮神社 – 境外社。
布吾彌神社 – 境外社で式内社「布吾彌神社」の論社。

玉作湯神社 摂社

【主な祭事】
夏祭り (7月15日)
例大祭 (10月10日)



【文化財】
重要文化財(国指定)
出雲国玉作阯出土品 一括(考古資料)⇒
(昭和14年5月27日に指定、
昭和33年2月8日に追加指定、
名称変更・員数変更)

玉類及同未成品⇒184箇
砥石残闕共⇒162箇
硝子塊⇒11箇
坩堝残片等 一括
これらの出土品は境内にある
収蔵庫に保管されているとのことです。

【国の史跡】
玉作湯神社境内は、
国の史跡である
「出雲玉作跡」の一角(宮ノ上地区)
として史跡に指定されています。
(大正11年10月12日指定)

【島根県指定文化財】
【史跡】
<玉造築山古墳>
玉造地区の西側に残る円墳です。
安政4年(1857年)に発掘されて
銅鏡等が出土し、
現在は舟形石棺2基を露出しています。
古墳域は玉作湯神社有地。
(昭和36年6月13指定)

【松江市指定文化財】
有形文化財
上御入湯日記留(古文書)
( 平成14年7月10日指定)
玉造古墓出土資料(考古資料)
(昭和61年3月31日指定)

【願い石と叶い石】
温泉の神様と勾玉の神様が奉られる玉作湯神社には、
はるか昔から人々の信仰を集める願い石があります。
お守りの叶い石を願い石にあててお祈りし、
石から石へと御力をわけで頂きます。

「勾玉(まがたま)」の生産が盛んだったこの地域。
石はもともと特別な存在でした。

【願い石の出現】
あるとき、丸くて大きな石が、
山から突然現れたそうです。
流水か人の手でない限り、
石は丸くはなりません。
そのような不思議な石を、
当時の村人が〝石の神様の御神体〟として
神社へ祀り、願掛けをするようになったのが
「願い石」のはじまりとのことです。

玉作湯神社 願い石

<1.「叶い石」を戴く>
まずは社務所で「叶い石」を戴きます。
石とお守り袋、そして願い札がセットになっています。
天然石の「叶い石」は、
ランダムでいろんな種類が入っています。
どんな石が入っているかは、
開けてみてからのお楽しみということです。
何でも、石が自分を選んで来てくれるのだとか。

玉作湯神社 社務所

<叶い石>
玉作湯神社 叶い石

<2. お清めと参拝>
境内にある手水舎で、手を清めます。
石へ向かう前に、拝殿での参拝もします。
二礼・二拍手・一礼です。
次は願い石とのご対面です。

玉作湯神社 拝殿

<3. 叶い石をお清め>
まるい不思議な石が「願い石」です。
この「願い石」の下を流れる水にも
パワーが宿っていると伝わっているそうです。
その御神水で「叶い石」を清めます。
そしてお願いごとです!

玉作湯神社 願い石

<4.願いを心の中で唱えます>
願い方ですが、
御神水で清めた「叶い石」を持ち、
「願い石」にそっと触れさせながら、
心のなかで願いごとを唱えます。
注意すべきは、
あまり強くこすりつけると
石に傷がついてしまいます。
なのでそっとやさしく石を重ね合わせます。

<5. 願い札を書く>
石に願いを込めたら拝殿へ戻って、
「願い札」に願いや名前などを書きます。
拝殿の横には小さなテーブルがあります。
筆記具は持参した方が良いかもしれません。
願い札は複写式です。
願いごとを書いたら複写になった一枚を
拝殿の向かって右にある札入れへ投函します。
宮司さんが後日ご祈祷をして下さいます。
もう一枚はお守り袋へ入れます。

<6. お守りの完成>
お守り袋に、「願い札」と「叶い石」を入れます。
こうして自分だけの願いが込められた、
世界にお守りの完成です。
願いが叶ったら、
石をお返しして改めてお祓いしてもらうそうです。



【親子の狛犬】
玉作湯神社には、親子の狛犬がおり、
これは全国でも珍しいそうです。
子宝の神様も祀られており、
そのようなお願いごとのある方は、
探してみるのもよいかもしれません。

【交通アクセス】
【電車】
JR「玉造温泉」駅よりタクシー又はバスで5分程度。

【徒歩】
玉造温泉界隈から徒歩10分程度。

【車】
山陰道の「松江玉造IC」から10分程。
神社脇に無料の駐車場があります。
※玉造温泉の温泉街は時間帯によって、
一方通行規制となるのでご注意ください!

【所在地】
島根県松江市玉湯町玉造508

【参拝者用駐車場】
玉作湯神社 駐車場

【宮橋(恋叶い橋)】
玉作湯神社の向かいにある赤い太鼓橋です。
写真撮影ができる台が設置されており、
この橋の上で撮った写真に神社の鳥居が入っていると
恋が叶う・・とのことです。
玉作湯神社と宮橋

玉造温泉について~平安時代からの「三名泉」

玉造要害山城・城主の湯氏は、宇多源氏佐々木一族で、戦国の知将にて辣腕大名の亀井茲矩のご先祖です。